合格を体験しました!                       信州大学経済学部

僕の受験時代を思い出しながら少し文章を書いてみようと思います。これが少しでも受験生の皆様の参考になるなら幸いです
受験勉強はいつから始めましたか?
よくある質問でした。だけどそんなふうに区切りをつける必要なんて、そもそも無いのです。受験を意識するようになったら少しずつ生活の中に勉強の分量を増やしていけばいい、そうやって徐々に勉強主体の生活へとシフトしていけばいい、特別なことは何もありません。
動機付けは様々でしょう。目標の必要な人は作ればいい、けれどどんな大義名分を掲げてみたところで、本当に信じきっていないならば役には立ちません。大抵の場合そんなものは二次的な要素でしかないのです。
ではどうしたらいいのか、ただ勉強すればいいのです。学力を上げるのに他の方法は無いのだから。考えることは、今回について言えば無用です。なにも考えず、ただ愚直なまでに勉強すればいいのです。悲しいくらいシンプルな話です。漠然とした動機付けでかまわない、進学情報誌なんて当分は読まなくていい、シンプルに勉強してればいい。問題を解く、弱点を補充する、この繰り返しでしかない受験勉強に理由も理想も必要ありません。
結局この繰り返しによる学力の向上があなたにより多くの選択肢を残すなら、最後に笑うのは「無感覚さ」です。今はただ勉強してください。
受験勉強に哲学はありません。したがってこの経験が人間的成長や精神的豊かさをもたらすことは無いでしょう。受験勉強は一種の知的偏重です。受験が終わったら本でも読んでバランスをとってください。やや、過激な言い方かもしれませんが。
もうすこし具体的な話を入れておこうと思います。僕は放課後は毎日、教室に最後まで残って勉強しました。教室の電気を消して帰ることを日課にしました。家に帰るとすぐに眠り、九時から三時まで、六時間の睡眠を確保しました。朝型の生活です。英語は単語力を重視しました。テレビも新聞も見なかったため世事には疎かったのですが、そういった分野からの出題は少なかったとおもいます。寧ろ問題になるのは表現力です。これについては早いうちから本でも読んで、言葉には敏感になっておくべきです。数学は学習量と学力が相関関係にあるという意味で成果も弱点も見えやすく、取り組みやすい教科だと思います。
受験の時期は終わり、僕は今大学にいます。僕が背負った一つ目の社会的アイデンティティは「国立文系」とかいうクソつまらないものでした。ここの学生の、匿名的なまでの無個性さはひどいものです。ゼミで教官に意見を求められて、何も言わずに黙っているような学生がたくさんいます。似たような服を着て同じ歩幅で歩いています。二十円にもならない軽薄な思想を出し惜しんで、さも知ったふうに語る先輩がいます。そんな浅薄な哲学に新入生の女の子はそろって目を輝かせています。あれれー?

ようは意識を高くもって生きることなのだと思います。
全ては僕次第であり、全てはあなた次第です。